私は学生のころ、マリー・アントワネットが好きでした。
彼女の本を夢中で読んで、豪華なドレスや宮殿の暮らしにうっとりして。いま思い出せるのは… アレ?記憶はすっかりぼんやりしています。
そんな私が、横浜美術館の「マリー・アントワネット・スタイル」展に行ってきました。
ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)が企画した展覧会で、世界をめぐる巡回展のうち、日本で開かれるのは横浜だけです。

見終わってみると、学生のころとはまた違った興味が湧いてきました。
あのころは、人も羨む華麗な生活の反面、彼女の孤独、そんな部分に惹かれていました。いまの私が知りたくなったのは、18世紀のファッションが、どうやって今のおしゃれに受け継がれ、形を変えてきたのかです。
うさぴ展示を見終わってから、気になったことを家でいろいろ調べました。分かったことも一緒にまとめます。
こんな方に読んでもらえたらうれしいです。
- 昔、マリー・アントワネットや宮廷ものの漫画・映画が好きだった方
- 有名ブランドのコレクションの衣装を、近くで見てみたい方
- ドレスや刺繍、レースなど、手仕事の美しいものが好きな方
- 会期中に行くか迷っていて、混み具合や所要時間を知りたい方
まずは実用情報|開館前に並んで、入るまで約1時間


チケットは、前もって買っておきました。
開館は10時です。10分前に着くと、建物の外にもう長い列ができていました。


- 建物に入るまで:約20分
- 建物に入ってから、チケットの確認まで:約40分
私が行った日は、チケットを確認する係の方が1人でした。チケットを買ってあっても、入場までに1時間ほどかかりました。
この展覧会のチケットで、同時開催の「横浜美術館コレクション展」も、同じチケットでその日のうちなら見られます。せっかくなので、こちらも見てきました。
会期は11月23日(月・祝)まで。終わりが近づくほど混むと思われるので、行くなら早めの計画がおすすめです。
いきなり、肖像画が「ニコッ」


展示室に入る前に、まずマリー・アントワネットの肖像画が迎えてくれます。
じっと見ていたら、なんと表情が変わって、ニコッと笑ったんです。



ハリー・ポッターの世界の、動く肖像画みたい! 思わず私もつられてニコッとしちゃった。ステキな演出♪
調べてみると、展覧会の出品リストに「アニメーション」として載っていました。元になっているのは、デュプレシという画家が描いた《マリー・アントワネット、15歳のフランス王太子妃》(1771年、ヴェルサイユ宮殿美術館蔵)です。
フランスに嫁いだ翌年、15歳の彼女。その笑顔から旅が始まると思うと、ちょっと胸がきゅっとなります。
展覧会は3つの章で、「250年の流行の旅」をする
展示は大きく3つの章に分かれています。この流れを頭に入れておくと、見ている途中で迷子になりません。
| 章 | テーマ | 時代 |
|---|---|---|
| 1章 | マリー・アントワネット:スタイルの源泉 | 1770〜1793年 |
| 2章 | マリー・アントワネット:追憶と偶像化 | 1800〜1940年 |
| 3章 | 永遠(とわ)に新しく―マリー・アントワネット・スタイル | 現代 |
王妃が生きていた時代 → 亡くなったあと、人々が彼女に憧れ続けた時代 → 今のデザイナーや映画監督が彼女を描く時代。
ひとりの女性のおしゃれが、250年かけてどう受け継がれてきたかを、順番にたどれる構成です。
1章|本物のアンティークドレスは、ずっと見ていられる
いちばん心をつかまれたのは、当時の貴族が実際に着ていたドレスです。
ていねいな手仕事のレース、花柄の刺繍、生地の質感や色、模様。250年前のものとは思えないほど可愛くて、ずっと見ていたいくらいでした。
「ローブ・ア・ラ・フランセーズ」ってどんなドレス?
展示にたくさん出てくるのが「ローブ・ア・ラ・フランセーズ」(フランス風ドレス)。18世紀の宮廷で正装とされた形です。
特徴は、腰の左右に大きく張り出したシルエット。これは「パニエ」という骨組みを、スカートの下に着けて作っています。パニエはフランス語で「かご」という意味。



かごを腰につけてお出かけ……。ドアを通るのも、椅子に座るのも、ひと苦労だったはず。おしゃれは、いつの時代も気合いですね。
王妃の椅子と、まばゆい宝石
マリー・アントワネットが使っていた肘かけ椅子も展示されていました。1788年、スネという家具職人が作ったもので、4脚セットのうちの1脚です。
宝石では、通称「サザーランド・ダイヤモンド」。もとのネックレスは1780年代のフランスで作られたもので、近くで見るとため息が出る輝きでした。
靴が、今のパンプスとほとんど同じ
意外だったのが靴です。
18世紀後半の女性の靴は、シルクや革に刺繍をして、リボンやバックルで飾ったヒール付きのパンプス。色やデザインは、今のファッションシューズと通じるものがあると感じました。
バックルだけを並べた展示もあって、当時はバックルを付け替えて、同じ靴をおしゃれに楽しんでいたことが分かります。今でいう、シューズクリップのような感覚かもしれません。私のパンプスもリボンが取り外せるので気分で取ったりつけたりしています。
靴が現代風だと感じたものの、実用面は現代とは違いました。多くの靴は右左の区別がない直足で、ヒールは木に布や革をかぶせたものでした。
「王妃のスタイル」は、ひとりで作ったものではない
学生のころは知らなかったのですが、調べてみると、マリー・アントワネットのおしゃれには、頼れる仕立て屋さんがいました。
ローズ・ベルタンという女性のデザイナーです。王妃のドレスを数多く手がけ、「モード大臣」というあだ名で呼ばれたと伝えられています。
1章には「『王妃のスタイル』づくり」というコーナーがあります。王妃は人形のように飾られていたのではなく、チームで流行を生み出していたことが見えてきます。
王妃の服に、いくら使っていた?
あんな豪華なドレス、本当に毎日着ていたの? と気になって調べてみました。
刺繍たっぷりの重厚な宮廷服「グラン・アビ」は、毎日の服ではなく、儀式や舞踏会など正式な宮廷行事のための最上級の礼服でした。宮廷を離れたプチ・トリアノンなど、私的な場で王妃が好んだのは、もっと軽い白いモスリンのドレス。豪華な宮廷服と、今のワンピースに通じる軽い服を、場面で使い分けていたんですね。
では、金額は? 当時のお金「リーブル」を今の円に直すのは難しく、資料によって幅があります。そこで、当時の人の年収と比べてみます。
| 項目 | 当時の額 | 比べると |
|---|---|---|
| ① 絹織物業でいちばん低い賃金の人の年収(1792年ごろ) | 約200リーブル | ― |
| ② 建築職人(石工)の年収の目安(1790年) | 約375リーブル | 日給30スーで、年250日働くと仮定して換算(1リーブル=20スー) |
| ③ 王妃の衣装の年間予算(1783年) | 約12万リーブル | ①の600年分、②の320年分 |
| 1785年の衣装の支出 | 約25万8,000リーブル | 予算の2倍以上 |
※年代・職種の異なる資料を使った、おおよその比較です。
ドレス代には、布地・刺繍・飾り・職人の手間がすべて含まれます。展示されている豪華なドレスは、貴族の中でも、ごく一部の人しか手にできないものだったのですね。
そして、こうした出費の大きさも、「浪費家の王妃」というイメージを強める一因になったといわれています。
頭に船をのせる髪型「プフ」
会場には、結髪雛形(髪型の模型)もありました。そのひとつが「フリゲート艦付きプフ」。
プフは、髪を高く高く結い上げて、羽根やリボン、ときには船の模型までのせた髪型です。当時の海戦の勝利を祝って、頭に軍艦をのせるのが流行ったのだとか。もはやコスプレかな。笑 10年以上前に、髪を盛るのが流行った時期を思い出します。



頭の上に、船。首が心配。
「シュミーズ・ア・ラ・レーヌ」は、当時の大事件
もうひとつ、知って驚いたのが「シュミーズ・ア・ラ・レーヌ」(王妃のシュミーズドレス)です。
白くて薄い木綿を、ふんわりと体にまとう、ゆったりしたドレス。コルセットで締め上げた豪華なドレスとは正反対です。
王妃は、ヴェルサイユの堅苦しさから離れて、離宮のプチ・トリアノンで、こうした楽な服を好んで着たといわれています。
ところが、このドレス姿を描いた肖像画が公開されると、「王妃が下着姿で描かれている」と大さわぎになったと伝えられています。それでも、このシンプルな白いドレスは流行になり、のちのナポレオン時代の、すっきりしたドレスへとつながっていったといわれています。現代も白いワンピースを着ますよね、軽くて動きやすく見た目も涼しげな洋服へと移り変わる時代へと繋がる1歩だったのですね。
豪華なパニエのドレスも、楽ちんな白いドレスも。 どちらも、彼女のスタイルとして今に受け継がれているんですね。
「ケーキを食べればいいじゃない」は、本当に言った?
ここで、私がずっと覚えていた、あのセリフです。
調べてみると、この言葉はマリー・アントワネットが言ったという確かな記録はない、というのが今では広く知られた説です。似た話は、彼女がフランスに来る前に書かれた哲学者ルソーの本にすでに出てくるといわれています。
1章の終わりには「悪徳の王妃」「王妃の死」というコーナーがあります。革命の時代、王妃を悪く描いた絵や本が出回ったことが紹介されていて、悪いうわさやイメージが、ひとり歩きした様子が伝わってきました。
学生のころは物語として読んでいた話を、いまは「イメージは、どう作られるのか」という目で見ている。彼女をプロデュースする人はいなかったのかな。そんな風に感じた自分の変化にも気づかされました。
デスマスクの真相は?
「王妃の死」のコーナーで、思わず足が止まりました。
マリー・アントワネットの、亡くなったあとに型を取ったとされるデスマスクの写真です。会場の解説によると、マダム・タッソーはマリーアントワネットが処刑場へ運ばれる様子は見たとされますが、ギロチンで首を落とされる瞬間その場にはいなかったと記載されていました。
ろう人形で有名なマダム・タッソーは、ルイ16世やマリー・アントワネットなど、革命で命を落とした人たちの顔から型を取って、ろう人形の頭を作ったと伝えられています。ただ、この話の多くはタッソー本人の回想録がもとで、王妃の型取りについては、後の研究者から疑問の声も出ています。
出品リストでも「斬首後に型取りしたとされる」と書かれていて、本当にそうなのかは、はっきりしていないようです。



真相は、200年以上の時の向こう。だからこそ、人はいまも彼女に惹かれるのかもしれません。
2章|亡くなったあとも、人々は彼女に憧れた
2章は、王妃が亡くなったあとの時代です。
19世紀には、ナポレオン3世の皇后ウジェニーが、マリー・アントワネットに強く憧れたことが紹介されていました。ウジェニーが着たドレスの上着(ボディス)も展示されています。
さらに1920年代になると、ジャンヌ・ランバンの「ローブ・ド・スティル」というイヴニングドレスが登場します。腰の左右がふわっと広がる形は、まさにパニエのドレスの面影。
一度消えた流行が、100年以上たって、新しいデザインとしてよみがえる。 ファッションって、こうやって受け継がれていくんだなと感じた章でした。
3章|映画の衣装と、今のデザイナーのドレス
3章は、現代のマリー・アントワネット・スタイルです。
ソフィア・コッポラ監督の映画の衣装が、可愛すぎた
こちらも今回楽しみにしていたのが、ソフィア・コッポラ監督の映画『マリー・アントワネット』(2006年)の衣装です。
主演のキルスティン・ダンストが着たドレスが、本当に可愛かった。衣装を手がけたのはミレーナ・カノネロで、この映画でアカデミー賞の衣装デザイン賞を受賞しています。
この映画は、パステルカラーでまとめた色の世界がとにかくキュート。衣装も、アクセサリーも、部屋の飾りも可愛くて、家で観ながら思わず一時停止して眺めたほどです。
そして、靴! 映画の靴は、靴のデザイナーマノロ・ブラニクが手がけたもの。実物の靴とデザイン画が並んでいて、ちょー可愛かったです。



画面の中で見ていた靴が、目の前に。映画好きとしては、ここだけでも来たかいがありました。
有名ブランドのコレクション衣装が、すぐそこに
3章には、有名ブランドがマリー・アントワネットから着想して作った衣装が並びます。
- ヴィヴィアン・ウエストウッド:パニエのドレスや、ウェディングドレス「マリー・アントワネット」
- ディオール(ジョン・ガリアーノ):マリー・アントワネットの肖像を描いたイヴニングコート
- シャネル(カール・ラガーフェルド):パニエのアンサンブル
- モスキーノ:ケーキのようなドレスや、昔風のガウンにジーンズを合わせたスタイル
コレクションで発表されたデザインを、こんなに近くで見られる機会は、なかなかありません(展示のために再制作された衣装も含まれます)。
1章で見た「パニエ」「トワル・ド・ジュイ(田園風景や人物などを描いた、フランスゆかりのプリント生地)」「リボン」「花柄」が、3章の現代の服にちゃんと生きているんです。
1章を見たあとだからこそ、「あ、これはあのドレスだ」と気づけるのが、この展覧会のいちばんの面白さだと思います。
18世紀から今へ、何が受け継がれたのか
見終わって、家で調べたことも合わせて、私なりに整理してみました。
| 18世紀の装いやモチーフ | 今のファッションでは |
|---|---|
| パニエで広げたスカート | ボリュームのあるスカート、ランウェイのドレス |
| 白いシュミーズドレス | ゆったりした白のワンピース |
| リボン・花柄・パステルカラー | ガーリーなファッションの定番 |
| 刺繍やバックルで飾った靴 | 装飾付きのパンプス |
| トワル・ド・ジュイ | 洋服や雑貨、壁紙の柄 |
※展示を見て、私が感じたつながりをまとめたものです。
250年前の王妃のおしゃれは、形を変えながら、私たちのクローゼットのすぐそばまで来ていました。
欲しかったハンカチは、完売でした
グッズ売り場もしっかり見てきました。
欲しかったのは、近沢レース店とのコラボのオリジナルタオルハンカチ。でも、私が行ったときには完売でした。



レースの展示を見たあとだったので、余計に欲しかった……。
青山デカーボのオリジナルクッキー缶は、たくさん並んでいました。
グッズの在庫は変わるので、お目当てがある方は、公式サイトのお知らせも確認してみてください。
ランチは美術館の目の前で
見終わったあとは、美術館の目の前にある商業施設「MARK IS みなとみらい」へ。4階の「いしがまやハンバーグ」で、石窯で焼いたハンバーグを食べました。


約3時間、立ちっぱなしのあとのランチは、からだにしみます。
やっぱり展覧会は、足を運んでこそ
本や画面で見るのと、実物を目の前にするのとでは、受け取るものが全然ちがいます。
刺繍のひと針ひと針、生地のつや、レースの透け感。そういうものは、その場に立ってはじめて、心のどこかが共鳴するように伝わってきます。
学生のころの「好き」が、この展示をきっかけに、「18世紀のファッションが今にどうつながるのか、もっと知りたい」という新しい興味に変わりました。
会期は11月23日(月・祝)までです。気になっている方は、ぜひ実際に足を運んでみてください。
最新の情報は、展覧会の公式サイトでご確認ください。


大人のからだメモ
入場前から美術館を出るまで、ずっと立ちっぱなし。足と腰が「王妃さま、ちょっと休憩を」と訴えてきました。通りすがりの女性もずっと立ちっぱなしで足が痛いと話しているのが聞こえてきました。夜は足をマッサージして、ぐっすり。気分だけはヴェルサイユのベッドで眠りました。
参考
- マリー・アントワネット・スタイル 公式サイト(展覧会の構成・出品作品・アニメーションの元作品/2026年11月5日時点)
- 横浜美術館(会期・開館時間・休館日・観覧料・コレクション展の観覧/2026年11月5日時点)
- Anne Higonnet『Liberty Equality Fashion』(王妃の衣装予算と支出)
- Leonardo Ridolfi「Six centuries of real wages in France from Louis IX to Napoleon III: 1250-1860」(石工の日給)
- V&A Collections(絹織物業の賃金)
※会期や開館時間は変わることがあります。お出かけの前に公式サイトでご確認ください。

